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谷崎作品は京料理である。
比較的流行もの系や現代作家の読みやすい系(東野圭吾、伊坂幸太郎、とか。)も食わず嫌いせずに読む私ですが、一定の期間を経るとどうしても谷崎潤一郎に戻ってきてしまいます。

美しい日本語を欲するときは谷崎。内容に反して、妙な爽快感というか品さえも感じさせるその文章力は、通常であれば惰性になってしまうような長文さえも、さらりと、綺麗に、可憐に、無駄無く仕上げられていて、するするっと入ってくる。まるで谷崎が愛した関西料理の味付けのように、主張はあるけど、良い意味で後残りしない。

といいつつも、初めて触れた谷崎作品は小説ではなく、「陰翳礼讃」。日本に帰国して大学に通い始めた私に、「帰国子女なら尚更感動すると思う」と薦めてくださった先輩が居ました。

陰影礼賛


今となっては、この作品と新渡戸稲造の「武士道」があれば、朝起きて突然世界の僻地に居たとしても、日本人としての誇りを持って生きて行けそうな気さえしています。比較的本は購入→ブックオフ→その軍資金でまた購入、と簡単に手放す私ですが、この二冊は私の本棚において巨人軍でいう長嶋茂雄の3番みたいな位置づけな訳です。(貧相な例え)

そんな「陰翳礼讃」で、谷崎の独特の美的センスというか感性に感銘を受け、小説へと移行した私。

「痴人の愛」「卍」「鍵」「瘋癲老人日記」「細雪」、、、、読み進めるにつれて、必ずどの谷崎作品にも出てくる魔性の女(松本清張「黒革の手帳」なんて目じゃない)にクラクラしながら、これが昭和初期~終戦前後に発表されたなんて考えると、ある意味この時代の文壇の懐の深さに感動さえ覚えます。

鍵、とか、瘋癲老人日記、とかに至っては、変態老人の性癖/妄想を綴っているだけですからね。。しかも死期が近づくにつれてその異常性がもはや魔性の女達の毒牙さえも凌駕する始末。人間って年をとってもこうなのね、やっぱり動物ね、と、一通り失笑した後は、妙にしんみりしてしまいます。

さて。なぜ突然今日はこの話題かと言いますと。

理由1:
ベイビーの名前をぼんやり色々と考え始めてはいるのですが、もし仮に女の子だったとした場合、谷崎作品に出てくる魔性の女の名前はないよな、と、数多ある可能性から、10程度の候補が消えた為。(故、まだまだファイナルアンサーへの道のりは遠い)
ナオミ、とか、光子、とか、颯子、とか、妙子、とかはないです。って今の時代、どっちにしろ無いか。

理由2:
読書家の同期に薦められて、久しぶりに三島作品に手を出して、そのギラギラとした文章に、開始20ページで早くもメゲそうになっている為。ざ・薔薇族。。

谷崎先生の、エロなんだけど、異常なんだけど、京料理のお椀のような後味が好きです。


谷崎


だがしかし。食わず嫌いはいけません。暫くは三島と格闘することとします。
・・・良い男なんですけどね。

mishima.jpeg

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【2009/09/14 22:08】 読書。 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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